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2009年7月16日 (木)

レセプト(診療報酬請求書)オンライン化の裏に見えてきたもの

推進・延期・凍結など、色んな人による色んな趣旨の発言が世間を賑わせている。
本件含む諸々の医療制度「改革」の根拠は、厚生/厚労省の省令や局長通達である。すなわち官僚が準備し、政府与党がお墨付きを与えたものであって、国会で審議されたものではなかったはずだ。
時間の問題となった総選挙では、官僚(行政)と国会の役割分担「正常化」に関することが争点の1つになるのは間違いない。医師会票は欲しいが一般有権者票も気になる立候補予定者たちは、これらの発言に耳を貸さざるを得ないだろう。

そんな中、朝日新聞2009年(平成21年)7月11日朝刊のオピニオン面・私の視点欄に、整形外科医・大竹進(おおたけすすむ)が「医療レセプト IT化凍結し情報漏出防げ」と題して投稿した内容に、少なからぬ衝撃を受けた。曰く;

・・・保険者に加え国の「データベースシステム」にも蓄積される。さらに保存期間が延長され、一生涯の個人の歴史が保存される予定だ。・・・

全く初耳である。

一般論として、暗号化などで適切に保護された情報がオンライン伝送中に第三者に漏れてしまうリスクはかなり低い。また万一漏れたとしても、1回の伝送情報全体が量的な上限になるので、インパクト(被害)は限定的だろう。
それに比べ、蓄積された情報が一旦漏出してしまうと、相当大きなインパクトを覚悟しなければならない。漏出するのはまとまった量の、完全な情報セットになるのが自然だからだ。ただし、内部の協力者なしに漏出が起こることはほとんど考えられないので瞬間々々のリスクは低いが、想定保存期間が数十年に及ぶので過小評価すべきではない。

一通り調べたところ、大竹の主張とは逆に、以下のような感触を得た。

  • 現在の国民皆保険制度を維持するなら、データベースの情報は経済的価値がほとんど無いので、金銭目当ての漏出は考えにくい。
  • 少なくとも1つ、多くの国民が利益を享受できる具体的なデータベース利用案が存在している。
  • 万一情報が漏出すれば不愉快に思う人は必ず居るのだから、それを防ぐのに必要な費用は前項などで得られる利益よりも十分小さくなくてはならない。
  • データベース化は実現に向け、その目的・情報の保護に関する施策と費用の裏づけなどの、国民的議論を精力的に進めるべきだ。

レセプトオンライン化そのものの是非に関わる知見も得られたが、この議論は本質的に政治的権力闘争なので、ここでは論評を避ける。(「続き」で若干触れる)

データベース化計画の事実

[資料1]
2005年(平成17年)12月1日付の、政府・与党医療改革協議会「医療制度改革大綱」

「3. 公的給付の内容・範囲の見直し等 (5)レセプトIT化の推進等」(pp.8) ・・・平成18年度からオンライン化を進め、平成23年度当初から、原則としてすべてのレセプトがオンラインで提出されるものとする。その際には、データ分析が可能となるよう取り組む。

[資料2]
薬剤疫学Jpn J Pharmacoepidemiol, 13113 June 2008:11 レセプトデータベースの活用による医薬品の安全確保のための実効性のあるシステム構築に向けて
(引用略)

[資料1]が政治的な根拠であり、それに呼応するように[資料2]の提案がなされている。

[資料2]からは、以下の事柄が分かる;

  • 医薬品の安全性は、国民が享受する利益として無視できないものである。
  • 実現には周到な準備が必要である – 資料では触れられていないが、不適切な利用を防ぐ対策が特に重要だ。

これらの点について、国民的合意が形成される余地が十分にあると思う。
もちろん、準備の過程が十分な透明性を持って行われることが絶対の条件だ。

上記以外の利用目的もあると思うが、これについても同様。

ただし、日本人が設計したセキュリティシステムは「いびつ」・「非効率」・「実効性が希薄」であることが多いように感じている。これについては稿を改めたい。

レセプトデータベースと情報漏出

ほぼ同じテーマについて、University of Louisville(ルイビル大学)医学部教授のMark A. Rothsteinが、SCIENTIFIC AMERICAN 2008年 9月号に次のように書いている(引用した訳文は日経サイエンス同年12月号より);

個人の詳細な健康データを知りうるようになれば、健康保険会社や生命保険会社は厄介な病気を抱えている人の保険加入を拒否、雇用主は自社の保険制度の負担を避けるため、そうした人を、解雇したり採用を拒んだりしかねない。

以上は合衆国の健康保険制度を前提にした意見である。同じ記事に彼はこうも書いている;

実際、医療情報プライバシーに関する懸念に対処する最良の方法は、カナダや日本などで採用されている国民皆保険制度だ。皆保険制度の場合、リスクは集団全体に分散され、資金は集団全体から供給される。特定個人が何かの病気にかかるリスクが高いか低いかはまったく問題にならないので、秘匿情報を他人が探ろうとする動機がそもそも生じない。

事実、合衆国はこの方向にChangeしようとしている気配がうかがえる。

さて、国民皆保険があるので大丈夫、と言ってしまっていいのだろうか。同じ雑誌に評論家&ネットベンチャー投資家のEsther Dysonが次のように書いている;

髪が薄くて太った男性は自身の医療情報について、個々の内容によって開示する対象者を変えたいと思うだろう。頭髪の状態と体重については(正確ではないにしても)外見から誰にでも分かる。しかし、職場で実施されているダイエットと運動プログラムに参加していることは、医師と妻と友人と同僚以外には知られたくない。育毛治療を受けていることについては、医師と妻と親しい友人に知られても良いが、性的機能障害(ED)については医師と妻以外には知られたくない。

これは、個人情報のどの部分を誰に開示しても良いかコントロールすることにより、プライバシーの保護の改善が図れる、という文脈で書かれている。

ちなみに彼女、自分の全遺伝子情報と関連した健康情報をパーソナル・ゲノム・プロジェクトで公開する(した?)らしい。
公開してしまった情報の漏出を心配する必要は無い。これも一種のコントロールだろうか。

レセプトデータベースに当てはめて考えると、個々のレセプトをデータベースに載せる事に対する拒否権を患者本人(小児は保護者、以下同様)が持つ仕組みが考えられる。運用の有効性を考えると、より一歩踏み込み、患者が許諾した情報だけをデータベースに載せるようにすべきだろう。

レセプトの情報がデータベースに載らなければ漏出の心配は無いが、[資料2]で触れられているC型肝炎ウイルスに汚染したフィブリノゲン投与のケースに該当したとした様な場合も恩恵にあずかれない。
フェアなルールのような気がする。

運用方法の案だが、患者とドクター間が口頭で意思確認し、その結果を領収明細書に「データベース化:可」のようにエビデンスを残こしてはどうだろう。

少しだけレセプトオンライン化について

よく話題になっている、費用対効果、操作の難易度、および京都で行われたアンケートの件について考えてみる。

その前に、オンライン化の仕組みを確認しておこう(下図参照:クリックで拡大)。

Photo_6

作業手順:

  • レセコン(レセプト作成用コンピュータ:実際は領収書や処方箋も出せる)でレセプトのデータを作成する。
  • 作成したデータを、接続用コンピュータでセンターにアップロードする。

費用対効果:

[費用]

  • レセコン:これが一番高い。ハード・ソフト別々に調達して約40万円(PC 10万、ソフト 25万、プリンタ 5万)。上等なフルターンキーシステムもあり、見積もりを取らないと値段は分からないが、前述の安い分から推定して、初期導入サポートつきで100万円程度と想定。フルターンキーシステムを3年リースにして3万円/月と見込む。
  • 接続用PC:ハード・ソフト別方式ならレセコンで兼用可能だが、置き場所など致命的な問題が無ければ、セキュリティ上別にしたほうが使いやすい。3年リースで4千円/月と見込む。
  • 接続回線:FTTHを奢っても初期費用約3万円+月額6千円程度。
  • 合計:最初の月だけ8万円、以降35ヶ月は5万円

ちなみに、巷間で「初期費用ン百万円」と言われているのは、サーバー+ワークステーション数台構成の、中規模以上の病院向けシステムと思われる。

[効果]

  • 繁盛している診療所なら、有能な医療事務員1人分程度の働きはあると思われるので、十分ペイするはず。むしろ、レセコンの無い診療所に有能な事務員が来てくれるかどうかを心配すべきかも知れない。
  • ドクター1人、または看護師と2人で受付~診療~会計まで賄えてしまう診療所では、効果は望めないだろう。

操作の難易度:

Amazonで本を買える程度にPC操作に慣れていれば、医療事務の知識があれば十分使いこなせるだろう。

「使い方が難しくて・・・」と言う人たちは、新しいことを覚えること自体に抵抗がある場合が多い。

京都で行われたアンケート:

半ば都市伝説のようになっている「『60歳以上のお医者さん』のアンケートだと、レセプトオンラインが強制になる場合、医院をたたむというお医者さんが30%を超えるらしいです。理由はやはりレセコン端末投入スキルの不足、レセコン端末の導入費用、など・・・」と言う話の事だ。

もしこの話が「レセコンの導入費用と操作方法の壁を乗り越えてでも、60歳以上のお医者さんの7割近くが医療を継続する意思を示している。」と書き直しても現実と相違無いなら、真反対の印象を受けるだろう。多分実際はそうではない。

レセコン導入は設備投資なので、それに見合う十分なリターンが期待できるかどうかのBreak Even Point (BEP) がビジネスの規模の尺度で存在することになる。医院をたたむ30%超のビジネスはBEPを割り込んでいたと考えるのが普通うだろう。その一方で、7割近くの医院のほとんどはレセコン導入済み、と言う事の方がありがちではないだろうか。

しかし、最も重要なのはレセプト云々ではない。
このアンケート対象となったドクターたちは、後継者が居ない限り今後10年程度の内に半数以上が医院をたたんでしまう可能性が強く、最初に「医院をたたむ」と言っていた30%を超えるグループはこの中に含まれていると考えられることである。

この30%を超えるグループの中には、その地域で唯一医療を提供しているドクターが含まれているかもしれない。もしそうなら、その地域の医療サービス継続を確保することが最優先であり、レセプトのことはそれが片付いてからだ。

逆に、医院をたたんでも地域の医療サービスレベルに大きな変化が無いのであれば、これを機会にご隠居されてはいかがだろうか。わが身と世間が済むのであれば、コンピュータなどと言う厄介な機械に近寄る必要は無い。永年お疲れ様でした、と心より申し上げたい。

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