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2009年8月18日 (火)

シマリスと暮らす(1)出会い

始めに断っておくが、標準的日本語であれば「シマリスを飼う」とすべきだろう。しかし実感としては「~と暮らす」の方がしっくり来る。

今も5人目の家族として一緒に暮らしているシマリスは、正確にはシベリアシマリスの亜種・チョウセンシマリスの♀5歳である。下の写真は、出会いから2週間後の2004年6月12日に撮影した。

Chip20040612

その日

2004年5月22日(土曜日)、正確には何だったか忘れたが、とにかくシマリス以外の何かを買うために近所のホームセンターに来ていた。私は、そのホームセンターを訪れた際、よほど急いでいない限りペットコーナーに立ち寄る。私は動物が好きなのだ。できれば飼いたいのだが、家族が反対するであろう事は容易に想像できたので、眺めて我慢、と言うか、今風に言うなら「癒されて」いた。

シマリス以前

私の子供時代のかなりの部分、いわゆる「手乗り」文鳥またはインコが身近に居た。彼らは巣立つ(飛べるようになる)までの間、人間から餌を与えられ続けることで、人間が親であると認識するようになる。有名な「刷り込み現象」だ。その意味で鳥類と人間の距離感に関しては、人間に懐いている「手乗り」と、そうでないものとの間に決定的な差がある。「手乗り」として育てられた鳥は心の底から人間を頼り、そして許すが、そうでない鳥はある一定以下に人間との距離を縮める事は無いと思う。
しかし「手乗り」になってしまった鳥でも、繁殖相手の姿は種の記憶として持っているようだ。飼っていた♂の文鳥は、繁殖の時期になると鏡に映った自分の姿に向けて求愛のダンスを踊った。コイツは踊らないな、と思っていると、卵を産んで♀だと分かった。

こういった背景から、私にとってペットコーナーの中で犬猫よりも小動物の優先度が高い。

その時

今振り返ると、その時の私の心の動きはこんな感じだったはずだ。

  • 「あ、シマリスが居る。」
  • 「昔から一度飼ってみたかったけど、チャンスが無かった・・・。」
  • 「お、値段も手頃だ。」
  • 「そうか、今なら家族のほうは何とかなる!」

と言う次第で、連れて帰ることにした(もちろんお金を払って)。
10匹以上が♂♀一緒の飼育容器に入れられていた内から、一番元気の良さそうなのを選んだ。その際、ペットショップの店員が「この子、♀ですけど、宜しいですか?」と訊いてきた。「かまいません。」と応えたものの、一瞬たじろいだのは事実だし、その質問がどんな懸念から発せられたのか、この5年間ずっと訝っている。もしかしたらこれか?と感じたことが何回かあったが、決め手はない。

小鳥の飼育経験がシマリスにも通用するとは思えない。何はともあれHow-to本を一冊買った。

この種の本にありがちな明らかに誤りと思われる内容や、それは過保護だろうと思える内容も幾つかあったが、全般として非常に有益な情報を得ることができ助かった。しかし、残念ながらもう絶版になっているようだ。

もう一冊、こちらは更に古く「古書」扱いだが、役に立った本がある。

これは小児向けの「絵本」扱いだが、実態は平易な説明文の付いた野生のエゾシマリスの写真集だ。野生状態での生活が分かると、一緒に暮らしている飼育下のシマリスの行動の意味が理解し易い。収められている写真の質はとても高いと思う。また説明文も、これ以上そぎ落とせないまで少ない文字数であるにもかかわらず、写真だけでは伝えられない内容を十分に補って、更に詩的ですらある。自然と真摯に向き合った一人の人間が、写真と説明文両方を担って初めて成立した作品だと思う。

また恐れ入ったことには、5年間いつかは撮ってやろうと思っていて果たせないでいる「シマリスのアクビ」を正面から撮った写真が含まれていることである。
こう書いていて気づいたが、一緒に暮らしているシマリスにとって「自分の部屋」であるケージの内ではアクビをするが格子越しの写真は撮り辛いし、絵的に魅力が劣るので撮る気にもならない。ケージから出して遊んでやっている時、シマリスは遊びに夢中なのでアクビなぞするはずが無い。圧倒的に我が方不利である、として納得した。

入手は難しいと思われるので、図書館などで出会える幸運があったら、一度手に取って見て欲しい。

なぜその当時から数えても20年前の本が在ったか、不思議に思われる方も居るだろう。実は、これは独身時代に幼稚園教諭だった女房の嫁入り道具の一つだったのだ。

当時の事情

その当時、私は自宅から車で2時間半ほどかかる場所に単身赴任していた。

会社の費用で、そこそこ広いアパートを借りることができたが、引越しやら何やらの慌しさが過ぎ、生活に一定のリズムができてくると、アパートが一人で住むには広過ぎたと思う様になったのだ。かと言って、家族以外に人間の同居人を作るのはトラブルの元であり、論外だ。そんな状況の私には、シマリスは一人住まいの無聊を慰める格好の相手だと思えた。そう説明すれば、家族も多少は理解するだろうと企んだ訳である。

上記に加えて、私が出勤している平日昼間、シマリスは単身赴任先のアパートで留守番をしていてくれる。「留守番」は半ば冗談だが、少なくとも家族の冷たい視線を浴びてストレスを感じることも無かろう、とも思った。

こうやってかなり強引に、私とシマリスの暮らしが始まった。

少しFollow-up

「私のペットはシマリスだ。」と言うと、珍しがられる場合が多い。これは人々に「シマリスをペットにする」と言う意識が希薄、または例外的であることの表れだが、これには相応と思われる訳がある。

基本的に、多くの場合、犬猫のみを扱えばビジネスが成立するので、シマリスを扱わないペットショップが大半を占めると思われる。
また、シマリスは年に一度、冬眠明けの春の時期にしか繁殖しない。この繁殖頻度の低さに加え、犬猫に比べて価格レベルも低いので、国内で商業的に繁殖させている例は無い、またはあっても少数と思われる。ほとんどは中国から輸入された仔リスであり、供給が限られている。更に、なるべく幼いうちに飼い始めた方が懐き易いと多くの人が考えているため、生後3ヶ月位を過ぎたシマリスは商品価値を失う(入荷直後は一万円近い値札がつくが、売れ残るにつれ三千円台まで値下げされているのを見るのは哀れだ)。そのため、各地のペットショップ全体でシマリスを見かけられる可能性があるのは、長くても3月後半から6月上旬頃まで、約3ヶ月の期間だが、ある一つのペットショップだけを見た場合、入荷しても半月を待たずに売切れてしまうこともあると思う。再入荷する事はほとんど考えられない。

要するに、ペットショップで売られているシマリスを見かけるチャンスがかなり少ない、と言う事だ。
後に、獣医師業界ではシマリスを「エキゾチックアニマル」の一種と分類する事を知った。

余談だが、最近街で「小鳥屋」を見かけなくなったと思う。
昔は多くの場合、小鳥は「買う」が、犬猫は「貰う」か「拾う」ものだったからかもしれない。

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