ITブルーカラー受難の日
『「エンジニア」==「技術者」?』の続きだ。「ITブルーカラー」は私の造語で、ピンからキリまであるIT技術者の内で「キリ」の部分に属する諸君のことである。
誤解を避けるため予め断っておくが、「ピンからキリ」とか、「上下」などの表現は主に給与水準の観点からである。給与水準に大きな格差があるのは事実だ。ただし、私は給与水準と人の貴賎に特定の相関関係があると思っているわけではない。
かつてITと言う略語が未だ無かったころ、今のIT技術者に相当する人々は需要過多の、末端価格の高い社会的希少資源だった。今ではコンピューターとインターネットの家庭への普及に従い、IT技術者コミュニティへの参入障壁が低くなり末端価格が低下しそうなものだが、昨今の勤労者平均年収の下落に比べれば比較的高い水準を保っているような印象を受ける。これはあくまで末端価格の話だ。
しかしながら、上記とは裏腹に、IT技術者の最低給与水準は世間並みに落ち込んでいるのではないだろうか。もちろん、製造業に非正規雇用されていた諸君に比べればかなりマシなはずではある。そうは言っても、末端価格と給与レベルのギャップは構造的中間搾取の存在を示唆するものだ。
更に悪い事に、私がITブルーカラーと呼ぶ諸君の上に、製造業非正規雇用者だった諸君の身に今起こっているような事が降りかかる可能性がある。
先ずITサービスの業界構造と、大まかな金の流れを確認しよう。
金の流れに関する数字は、ITProに寄せられた長橋賢吾(ながはし けんご)の記事「ITサービス企業の業績はいつ底を打つか」から採った。記事中「SE」と表記されているのは、私が「IT技術者」と言っている人たちと同じだと解釈している。また業界構造に関しては、私が耳にしたことを分かりやすく脚色していることを断っておく。
業界構造:
長橋賢吾の記事2ページ目の外注に関する記載のとおり、この業界は下請無しには成立しない。また、かなりの確率で孫請が絡んでくる。元請が受注した案件毎に、下請・孫請との混成でプロジェクトチームが構成さる。このチームは、情報漏えい防止と良好なコミュニケーションを理由に、客先に置かれる(常駐する)場合が多い。
話をややこしくしたくないので深入りしないが、この時点で労働関連法令を完全に遵守することは困難である。更に、元請社員抜きで下請と孫請だけが客先に常駐する、と言った事もそんなに珍しくは無い。
金の流れ:
業界構造の現実性を裏付けることが目的であり、数字の精度は目安程度と考えていただきたい。
リーマンショック以前、業界主要12社全体で年間約7.5兆円の売上があり、約0.5兆円の営業利益を出している。日立ソフトの例で、売上原価の約40%が外注費、すなわち下請に対して支払われている。他社の情報が無いので、これを代表的な例と仮定しよう。また、売上と営業利益しか分からないので、主要12社全体で販売管理費を1.0兆円、すなわち売上の約13%と見込んだ。そうすると、下請に約2.4兆円流れたことになる。年間売上50億円程度の中堅企業だと480社。少し多過ぎる様な気もしなくはないが、外注比率がもっと少ない企業が含まれている可能性を考えれば、ほぼ妥当だと思う。同様な割合で計算すると、孫請に流れた金は約0.8兆円で、年間売り上げ10億円規模の会社だと800社になる。
ここで、市場が完全に公正だったらどうなるか考えてみる。
話を分かりやすくするため、ある案件のプロジェクトチームが元請・下請・孫請それぞれの2名、合計6名で構成され、そのうち元請社員1名がリーダーで、他の5名は同じ仕事を等しく分担していたとする。
働く者の立場に立てば、同一労働同一賃金だが、福利厚生の違いなども考慮しなければならないので、賃金そのものは多少の差異の範囲に収まっているべきだと考えるだろう。
元請の立場だと、下請・孫請双方の社員に対して、自社の社員の人件費(賃金にfringe benefitsを加えたもの)に加え、案件の多寡に応じた雇用調整として利用できるメリット分を上乗せして支払っても良いと考えるはずだ。
下請の場合、少々複雑になる。販売管理費と社員に対する人件費、および会社が健全に存続するため妥当な利益を合計したものが、元請から支払われる(下請にとっての)売上金額となるため、社員の賃金は売上の7割程度が上限、と考えるだろう。また孫請に対しては、元請が下請に対して考えたのと同じ理屈になる。
以上まとめると、元請が下請に対して、また下請が孫請に対して、同一労働を行っている自社の社員の賃金より4割程度上乗せして支払うことで全ての条件が成立する。これを言い換えると、全ての条件が成立するためには、下請は孫請に対して、元請から受け取ったのとほぼ同じ金額を払う必要があるが、現実は全く異なっている。
当然の如く、同一労働同一賃金ではない。噂に聞いた例では;
- 元請→下請(下請の売上):55万円/月
- 下請→孫請(孫請の売上):35万円/月
- 孫請社員の賃金:20万円/月
この場合、月間労働200時間までは残業代も出なかったらしいので、実質時給千円だ。
前出・長橋賢吾の記事に;
ただし,外注費を削減しても,現時点では大幅な売上原価の削減にはつながっていない状況だ。
とある。これは一見妙な文章だが、外注に回していた仕事を内製化すると、その仕事にかかる社員の人件費が削減した外注費を上回る場合がある、と言う可能性を考えれば辻褄が合う。事ほど左様に、下請・孫請は買い叩かれているのだ。
さて、ようやく本題のITブルーカラーである。
このような業界でIT技術者と位置づけられていても、私がそう呼ぶのに違和感を覚えたのは、以下の様な業務がその例である;
- 何らかの手段(メール添付、リムーバブルストレージ、など)でデータを受け取る
- 予め作りこまれたコンピュータシステムを使い、予め決められた手順で前述データを処理する
- 得られた結果(この場合はハードコピー)を管理者に提出して終わり
- 手順に無い状況になったら、管理者に報告して指示を仰ぐ(エスカレーション)
イメージとしては、あるネットワークの中継ノードのログを処理して、サービスの種類(Web、VoIP、など)毎のトラフィック(何故か、ネットワーク屋はトラヒックと言う)の時系列グラフを作成する、みたいな作業だ。これは金属加工工場で、予めセットアップされたマシニングセンタに材料を取り付け、加工を行い、製品を次の工程に送るのと何ら変わりない。
あるいはシステムの監視、と言うのが在る;
- 予め完成している監視システムのコンソールをひたすら監視する
- アラームが検出されたら、その種類に応じて予め準備された手順を実施する
- 手順に無い状況になったら、管理者に報告して指示を仰ぐ(エスカレーション)
これは、石油精製工場の計器室で行われているコンソール監視とほぼ同じである。
以上の様な製造業とのアナロジーから、ブルーカラーと呼ぶ所以である。彼らは、恐らく「工員」であって、「技術者」ではない。
受難の日?
ITブルーカラーの諸君が属するのは、ITサービス業界の内の運用・保守セクターである。前出・長橋賢吾の記事で以下のように解説されている通り、運用・保守セクターは景気動向の影響を受けにくい。つまり、一旦造ってしまったコンピュータシステムは、そこで処理されるトランザクションの多寡に関わらず、同じように運用・保守され続ける必要があるのだ。
一般に企業のIT投資の60%以上はシステムの保守やライセンス更新といった,既存システムの維持に使われると言われており,足下の需要減が直ちにITサービス企業の業績に反映されるわけではない。
ならばITブルーカラー安泰、と言えるのだろうか。業務例の説明で執拗に「予め・・・」と述べたのがポイントである。つまり、その気になれば自動化して人の手間を省けたはずの作業であり、市場原理に従うなら人手の作業を残しておく理由は以下の2つだけだと思う。
- 手順が、多くの例外を含むなど、複雑であるため、自動化に莫大な費用がかかる
- 手順が頻繁に変わり、自動化した場合、修正の手間と費用が莫大である
何れかに該当する場合はあるだろう。しかしその一方で、ITブルーカラーを必要とするITサービス業界の顧客業種セクターが「公共」およびそれに近い総務省所管の許認可事業関連分野に偏っているらしいことを考えると、一種の失業対策事業的な色彩を帯びている疑いがある。
総選挙で政権交代成った暁には「中間搾取を合法化した法律はケシカラン」(ITサービス業界の場合、非合法な中間搾取の疑い濃厚だが)と言った議論の延長線上に「そんな非生産的な金の使い方は止めろ」と言う議論が出るかもしれない。しかしこれは、考え様によっては、道路建設と同じ類の富の再配分システムなので、単純に止めて済む話ではない。
唐突なのは承知の上だが、究極のバラマキ・しかしその度外れた発想の転換に魅力を禁じ得ないベーシックインカム制度を検討すべきなのかもしれない。
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