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2010年4月26日 (月)

GPS誕生に貢献した日本人

私は今回知ったのだが、米国に「発明者の殿堂(Inventors Hall of Fame)」と言うものがある。公募した推薦を審査して、毎年十数名が殿堂入りすることになっているようだ。
2010年に殿堂入りする人々が3月31日に発表された。この事は
CNET Japanでも報じられているので、既にご存知の方も居るだろう。

今回殿堂入りした一人に、GPSに直結する技術の発明者としてNRL(Naval Research Laboratory;米国海軍研究試験所)のRoger Eastonが選ばれた。現職の研究者ではなく、日本流に言うと「顧問」の様な地位の人物らしい。

しかし、GPS World誌がこれに異論を唱えている。

同誌は、現在のGPS技術の中核を成すアイデアを考案したのは、1960年代に米国Aerospace Corporationに所属していたナカムラ ヒデヨシ(Hideyoshi Nakamura)と同僚のJames B. Woodfordだとしている。「詳細は本誌5月号に掲載」(紙媒体と全く同じ内容の電子版、Digital Editionだけなら無料で購読できる)とあるが、興味を引かれたので少し調べてみたら、かなり因縁じみた話が背景にあるらしい事がわかってきた。

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「発明者の殿堂」について

先に紹介したCNET Japanの記事の説明がわかり易いので、以下引用する。

 世界を良い方向に変えた発明や発見をした人々に敬意を表して、National Inventors Hall of Fameは毎年、重要な功績を残した科学者や発明家を殿堂に迎え入れている。
(中略)
 非営利組織のNational Inventors Hall of Fameは、何らかの形で社会に役立つ発明や発見をした人々のノミネートを毎年受け付けている。ノミネート者の発明は米国特許で保護され、さらに科学や実用的技術への寄与が認められているものでなければならない。
 同組織の専門家と様々な科学および業界団体の代表者で構成される委員会が、毎年の表彰者を選出する。


Roger Eastonの発明

再びCNET Japanの記事から引用する。

 米国海軍研究試験所に勤めるRoger Easton氏は、「Timation(timeとnavigationの合成語)」と呼ばれるシステムを開発した。Timationは、衛星上で原子時計を使って観察者に正確な位置と時間を提示する初めてのシステムだった。さらに、全く同じ原理を用いる今日のGPS衛星とそのシステムに直結する発明でもあった。

Timationについて少し補足すると、この発明は1970年10月8日に米国特許出願(出願番号79,307)され、1974年1月29日に特許として認められている(特許番号3,789,409)。

この特許を私が見た限りでは、複数の衛星に同期された正確な時計を搭載することが、今日のGPSの唯一の共通点のように思われた。その一方、利用者(上記記事では「観察者」)側にも衛星側と同期した正確な時計が必要であること、2次元測位しかできないこと、擬似ランダム信号によるCDMA方式を使っていないこと、など、相違点が目立つ。


GPS World誌の異論

原典は4月7日付で同誌Webに掲載された、True Story of GPS Yet to Be Toldと題された記事である。その内容を以下に要約する。なお、Aerospace Corporationは空軍が1960年に設立した宇宙・ミサイル分野の研究組織であることを予めことわっておく。

  • 今日のGPSで使われている、4衛星からの信号で3次元測位を行う方法は、Eastonの特許出願より4年以上前の1964~66年に実施された空軍の機密研究プログラム(1979年に機密解除)621Bで、Eastonの方法も含む考え得る全ての選択肢から、最も適したものとして選ばれた。その研究論文の著者であるAerospaceのナカムラとWoodfordこそ、最初にGPSの技法を記述した者と称えられるべきだ。
  • 空軍もNRL(海軍)も、衛星に原子時計を搭載することを提唱していたが、試験段階の4つのGPS衛星に搭載可能な原詩時計を持っていたのは空軍だけだった。これが無ければ、GPSの本格配備が承認されていたかどうか、疑わしい。
  • Eastonの特許は、空軍の研究から4年も遅れて出願されたにもかかわらず、今日のGPSとの相違(劣る)点が多い。それ故、TimationはGPSでもそのプロトタイプでもない。

私は、GPS World誌の言い分の方が尤もであるような印象を受けた。5月号の記事が楽しみである。


今日のGPSの成立過程

今回調べて認識したのは、今日のGPSは典型的な妥協の産物だ、と言う事である。

妥協に向けての協議が着手された1968年当時、衛星ナビゲーション・システムに関して、米国には3つの動きがあった。

  • Transit(海軍):APL(The Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory)が1950年代終わりごろ開発を開始し、本格運用に入ろうとしていたもの。
  • Timation(海軍):NRLのEastonが1964年から研究を開始し、1967年に最初の試験衛星が打ち上げられた。
  • 621B(空軍):航空機や大陸間弾道ミサイルの誘導に利用することを目指して、研究を進めていたもの。

以上において、TransitとTimationは、海軍の「現行システム」と「次世代システム」だと言えるだろう。

さすがの超大国・米国であっても、海軍と空軍が別々の衛星ナビゲーション・システムを保有するのは許されない。必然的に、米国全軍で利用する次世代衛星ナビゲーション・システムをどうするか、と言う話になってくる。

今日のGPSは、621BとTimationの折衷案なのは事実だが、衛星の軌道と数を調整した以外は基本的に621Bの設計が活かされていると、私は認識している。

協議は、1968年に着手されたが、事実上たなざらし状態だった。1972年11月に空軍制服組のプロジェクトマネージャーとしてCol. Bradford Parkinsonが任命されたのをきっかけに事が動き始め、今日のGPS計画に着手することが承認されたのは1973年12月22日だ。その後、4基の試験衛星打ち上げを含む各種テストの後、1980年(1979年とするソースもある)に本格実施が承認された。

余談ではあるが、協議が停滞から抜け出した時期が、ちょうどアポロ計画が山場を迎え、そして17号打ち上げ(1972年12月)を最後に、コスト削減を理由に計画されていた18~20号の打ち上げをキャンセルしてまで打ち切られてしまった時期と重なっているのは、全く無関係では無さそうに思える。

なお以上に関して、以下の資料を参考にした。


怪しい動き

今日のGPSが誕生する過程で、海軍(Easton)と空軍の間に解きがたいわだかまりが生まれたのではないか、と思わせられる出来事を2つ指摘したい。

第一は、今回彼が殿堂入りする理由となった発明が1970年に特許出願されていることである。このタイミングは、Aerospaceが621Bの承認を取り付けるべく三軍に働きかけていた時期である。Eastonはそのこと、および621Bの技術的内容を知る立場にあったと思われるのに、この時期にあの内容の特許を出願するのは不自然ではないだろうか。

第二は、英語版 Wikipediaの”Roger L. Easton”の項目の初版として、「EastonこそがGPSの父である」的な内容が、2006年11月1日04:06にRoger eastonと名乗るユーザーにより作成されて いる点である。これは、先に紹介したAerospace Corporationの広報誌”Crosslink”の2002年夏号の内容を、ことごとく否定しているように思える。また、1990年代半ばにも今回と似た論争があったことをうかがわせる内容もある。
なおこの項目は、同日11:00に「Wikipediaの品質基準に合うよう書き直すこと」とコメントがつけられ、11月25日に削除勧告が出された後、12月2日に簡素な内容に置き換えられている。


まとめ

Eastonは、今回とほぼ同じ理由で、2006年にPresident George W. BushからNational Medals of Science and Technologyを受章している。このことを考え合わせると、公式には彼が「GPSの父」と言うことになっているらしい。

しかしGPS World誌の異論もハンパではないし、永年にわたり繰り返されてきた論争なので、今回も平行線で終わりそうな気がする。

本当の「GPSの父」は誰か?
気にはなるが、それは芸能人のゴシップに対する興味のような、傍観者的なものだ。どちらになっても、私自身は利害関係者ではない。そう判っていてもやはり気になるのは、芸能人のゴシップも同じ、と言う事なのだろう。

そうそう、本題はナカムラ ヒデヨシなる人物だった。軍事研究に従事していたのだから、米国籍を有する日系人であるのは間違い無いさそうだ。しかしそれ以上のことは、今まで書いた以外は、全く判っていない。ナカムラの人物像への興味は尽きないが、私がこの話題を詳しく調べるきっかけを作ってくれただけで、当面はよしとしよう。

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