LED電球の電磁波ノイズ (2) 強さの推定
前回「Panasonic LED電球 LDA7L-A1 から怪しい電波が・・・?」のタイトルで取り上げた話題の続きである。何回かに分かれそうなので、一つのカテゴリーとしてまとめることにした。今回はこのカテゴリーの2回目として、LDA7L-A1から発生するVHF帯のノイズの強さを調べてみる。
使ったのが校正もしていない中古のオシロスコープなので、絶対値はあまりアテにならない。由って「測定」ではなく「観測」である。また今回のノイズのような、不規則な要素のある信号をオシロにかけると、波高の高い部分だけを抜き出して観ている事になる。従って、ノイズの強さの上限を推定するわけである。
なおこのカテゴリーで取り上げる内容は、特に断らない限り私が所有している製品で観測された事実に基づくものである。従って、同一型番の全ての製品で同じ現象が発生していると主張するものではない。
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今回の「ノイズ」は「電波」
今回の話題の発端は、LDA7L-A1から出ているVHF帯のノイズが誰かの行っている無線通信を妨害しないか、と言う事だった。従って、今回取り扱う「ノイズ」は「電波」である。「電波」は正真正銘の「電磁波」だ。しかしEMI/EMCなど、また人体への影響と言った脈絡で「電磁波」と言う場合、「電波」の他に静電結合や電磁誘導で発生している成分も含める事が多いが、このカテゴリーで取り上げるのは原則として「電波」に限る事にする。
使ったのはモービル用ホイップアンテナ
以前確認したノイズの中心周波数から外れるが、被害者となる可能性が最も高いと思われるアマチュア無線の2mバンドのアンテナを用いた。かなり昔に使っていた、アンテンのGA-2172と言う144/430デュアルバンドのものである。70cmバンドにも感度があるが、今回使った垂直レンジでのオシロの帯域幅が250MHzなので、特に問題にならないと思われる。
今回使用する前にVSWRがアマチュアバンド内は1.5未満であることを確認している。この周波数付近のアンテナは、-3dBのバンド幅が中心周波数の10%程度あるのが普通なので、145±7.5MHzの15MHzのバンド幅に感度があるものと考える事にする。
Panasonic LDA7L-A1のノイズ観測
オシロプローブのループがノイズを拾った場所に収まらないので、LED電球から水平距離2mの位置にアンテナを設置した。LED電球が装着されている器具の電源コードとアンテナエレメントが平行になる位置関係だ。最初はLED電球を点灯しない状態を、AC電源周期に同期させて確認しておく。
±2mV程度のノイズの存在が確認できるが、この部屋にはコンピュータなどノイズを発生し得る機器が多数あるので、こんなものである。ちなみに、今回使ったオシロスコープも電源はスイッチング式になっている。
今回はかなり狭い部屋で電波を反射するようなものが多数ある条件なので、観測した値に基づいて遠い場所でのノイズの強さを推定した場合、実際より強く計算される事はあっても弱くなる事は無いと思われる。
次に、同じオシロの設定でLED電球を点灯する。
明らかにノイズが増加するのが認められる。全波整流・平滑された電源波形で振幅変調されたように見えるが、それだけでは無い様である(後述)。なお点灯する際、照明器具の電源コードが動くのに応じてノイズの強さが変動するのが認められ、ノイズの輻射に電源コードが大きな役割を担っていることが明らかである。
次にノイズに同期させて、ノイズ成分の基本周期を調べる。
画面全体で5つのパルス性ノイズが確認できる(右2つはカーソルと重なっている)。周期23.0μs≒約43kHzは、この種のインバータとして常識的な値だ。周期が安定していれば、受信機でノイズを観測した時、約43kHzの間隔でノイズが点在するように聞こえたはずだが、実際は周波数に関して一様に広がって聞こえていた。アナログオシロを使った遅延掃引では、パルスの周期に不規則な変動がある様に観えたので、周波数分散が施されているようだ。
続いて、1つのパルスを拡大する。
前回プローブのループで観測された波形とかなり印象が違うが、観測している場所が違うためだと思われる。これよりも前の波形はピーク値検出モードを使っていたのでRMS値は計算できなかったが、ここでは実際の波形を観測しているはずなのでRead-outを表示してみた。約730μVはこの画面全体の時間500nsに基づくものなので、実際の周期23.0μsに換算したノイズのRMS値および電力は、以下の様に計算できる。
これはアンテナの-3dBバンド幅145±7.5MHz、計15MHzに関するものである。
観測値の評価(1)電波形式との関連
今話題になっているノイズの分布周波数は概ね105~155MHzであり、下端がアナログTVにかかっていることを除くと、この範囲の電波利用は帯域幅20kHz以下の狭帯域通信に限られると記憶している。
狭帯域受信機では周期約43kHzのノイズパルスを個別に識別できないので、RMS値に基づくノイズ電力の周波数密度で評価するのが理にかなっている。観測値に基づくと、以下の通りである。なおアンテナは-3dBバンド幅を考えているのに対して、受信機の場合通常-6dBで規定されるが、今考えている誤差水準ではこの違いを無視しても大勢に影響無いと考えられる。
残り1年を切ったアナログTVは周期約43kHzのノイズパルスを個別に識別し、ちらちらと動く色の付いた斜めの点線として画面に妨害が現れるので、ピーク値で評価すべきだ。しかし今回観測された約5mVのピーク値は、周波数など条件の不一致が多いので、定量的評価は困難である。
実はLED電球の電源コードに接するような状態でアナログTVチューナー内蔵のLCDディスプレイを使っていて、チューナーは分配器と同軸ケーブルで接続しているが、LED電球を点灯すると前述のような妨害が1chと3chに認められる。しかし、同じ分配器に接続された別のTVではこの様な現象は認められないので、至近距離に限られた現象の様だ。この様な至近距離では、LCDディスプレイに接続されたありとあらゆるケーブル類に相当大きなノイズ成分が現れていて、その内の僅かな割合がチューナー入力に紛れ込んで妨害が発生する事は十分考えられるからである。
観測値の評価(2)オシロ固有の考慮点
オシロ画面の波形が安定するようトリガ条件を調整するのは、ごく普通の操作である。しかしながら、今回のノイズの様な信号に関しては、この事が一種のフィルターとして働くことを考慮しなければならない。
最後の2つのオシロ画面は、入力信号立ち上がりエッジの+5mVでトリガがかかるように設定している。また最後の画面ではトリガのかかったパルスだけを表示させているので、ここには正のピーク値が5mV未満のパルスは全く反映されていない。
最初から2番目のオシロ画面では、AC電源波形のゼロクロス点に同期してノイズ波形を表示しているので、ノイズの波高分布の全体が見えているはずだが、これを見る限りでは正のピーク値が+5mVに達しているのは全体の1割程度のように見える。
従って、最後の画面に表示されているピーク値やRMS値は、上位10%の平均値に近いと考えられ、安全サイドに考えたノイズの影響評価に用いるのには問題ないはずだ。しかし仮に、ギリギリOK/NGの判断をするような場合、大きな問題になる可能性がある。
なお最後のオシロの画面で、トリガ条件が+5mVなのに画面の波形のピーク値がそれを下回っているが、これは波形の「山」一つあたりのサンプル数が少ない場合にトリガポイント付近のサンプルを取り逃がす場合があるためのようである。ちなみに、トリガ条件の検出はアナログ処理だったはずだ。
今回のまとめ
LED電球から水平距離2mの位置で、実際にアマチュア2mバンドのモービル用ホイップアンテナでノイズを受信してみた結果、ノイズ電力の周波数密度-138dBm/Hzが得られた。これは住宅密集地の屋外で観測されるノイズの水準とほぼ同じなので、現在の使用環境で隣近所に影響を及ぼす事は無いと考えられる。
特定のノイズ源からのノイズ電力、およびノイズ電力の周波数密度は、ノイズ源からの距離が10倍増す毎に-20dBの割合で減少する。また常温(300K)付近の熱雑音の周波数密度は-174dBm/Hzなので、私の持っているPanasonic LDA7L-A1から126m(観測距離2mの63倍)以上離れれば、どんなに高感度な受信機(冷却装置つきフロントエンド+アンテナ除く)でも今回観測に使ったのと同程度のアンテナを使う限りは、このLED電球から発生するVHFノイズの影響を受けない。ただしこれは、私がこのLED電球を1つ使っている場合の話で、同じようなノイズを発生するLED電球を多数使う場合、LED電球の数に比例した面積が影響を受けるようになる。
今回「怪しい電波」を見つけるまで、インバータ機器類に使用される素子はスイッチング時間が長いはずなので、それらから発生するノイズの中心周波数がVHF帯に及ぶことは無いと、漠然と思っていた。また見つけた後でも、私が持っている個体固有の問題かもしれない、との疑念が拭いきれなかった。しかしこのblogの別の記事に「LED電球から150MHz付近でCISPR15の限度値を超える放射妨害波が認められる」と言う内容を含む学会発表があった旨のコメントをいただいているので、どうやらLED電球では良くある現象らしい。
そうなると、店舗や事務所でまとめて100個位のLED電球を使い始めたり、商店街のアーケードの照明を一斉にLED電球に切り替えたりした場合、深刻な影響が出るおそれがありそうだ。
またスイッチング素子の性能向上などに伴い、今後UHF帯(300M~3GHz)にノイズが出現する場合もあるかもしれない。もしそうなると、デジタルTVや携帯電話などへの影響が懸念される。これらデジタル放送・通信の場合、妨害の程度が軽微な内は全く影響を受けないが、ある限度を超えると突然全く受信できなくなる「All or Nothing」的性格があるので、利用者が妨害源や妨害を受けている事実そのものに気付きにくくなると言う、厄介な要素が加わる事になるだろう。
LED電球は製品に電源コードを含まないが、今回観測してみて電源コードがノイズ輻射に大きな役割を担っていることがはっきりした。前述の学会発表に触れたコメントに、今まで規制対象になっていなかったLED電球が対象に加えられ、またノイズ強度の評価方法も見直される旨の内容も記載されていたが、電源コードの重要性が十分反映されるのか、気になるところである。
What’s next?
他製品との比較として、手持ちの中ではメジャーなSharp DL-L601Nに触れないわけにはいかないだろう。またLED電球の競合製品として電球型蛍光灯も観ておく必要があると思う。ただし当方試験機関ではないので、「xxのLED電球はどうですか?」みたいなリクエストをコメントでいただいても対応できないので、悪しからず。
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この記事へのコメントは終了しました。
コメント
LEDはノイズ問題もあり、慎重に製品選びをしないといけないですね。
参考ページ
http://jp1lrt.asablo.jp/blog/cat/led/
投稿: かけい | 2010年9月24日 (金) 20時56分
かけい さん、
「試し買い」か、どうしてもLEDでなければならない理由が無いなら、今はLED電球は選ぶべきではないと考えています。
あと少なくとも2年くらいは電球型蛍光灯がおススメですね。効率はほとんど同じか上回っているので。
今買った電球型蛍光灯が寿命になる頃には、この考え方が変わるだろうと期待しています。
投稿: エンジニア | 2010年9月25日 (土) 17時55分
ある雑誌から原稿依頼が来ていて、画像のアーチファクトに関する内容です。
そこでLEDのノイズに関しても記載しようと考えていますが、オシロスコープの画像を使用させていただいてもよろしいでしょうか?
もちろんサイトの紹介はさせていただきますのでご検討宜しくお願いいたします。
投稿: tak | 2011年8月30日 (火) 09時30分
tak さん、
画像の使用の件、了承しました。
掲載が確定したら、雑誌名などご連絡いただければ幸いです。
投稿: エンジニア | 2011年8月30日 (火) 09時53分
御連絡遅くなりました。原稿の校正が届きもう少しで完成です。
雑誌名ですが
『画像診断』1月号(Vol.32 No1)の【特集 MRIアーチファクトの光と影】です。
マニアックな雑誌ですので・・・購入までは・・・立ち読み程度に御参考下さい。
掲載にたいし御了承いただき深く感謝いたします。
投稿: tak | 2011年11月10日 (木) 11時31分
tak さん、
ご連絡ありがとうございます。『画像診断』1月号、了解です。
出版社のホームページで確認しました。相当マニアックですね・・・
立ち読みするにしても、店頭在庫のある書店は限られそうです。
最後の手段は国会図書館かな?
投稿: エンジニア | 2011年11月10日 (木) 13時35分
マニアックなんですよ・・・お茶の水の医学系の本屋さん、もしくは三省堂などの大型本屋にはあると思います。
ちなみにMRIにはLED同様、蛍光灯の使用も出来なかったんですが、今年LED型蛍光灯が販売されました。LEDや蛍光灯で使用されている回路自体を装置の部屋外に設置するみたいです。
ぜひノイズを出さない小型回路の開発が進めばいいのですが・・・高価になりますよね?
投稿: Tak | 2011年11月24日 (木) 14時31分
Tak さん、
「医学系の本屋さん、もしくは三省堂などの大型本屋」了解です。発行日になったら、神保町界隈を訪ねるのも悪くなさそうですね。
実は「MRIアーチファクト」とこの記事の接点が良く判らなくてモヤモヤしていたのですが、今回いただいたコメントでスッキリしました。
関連しそうなキーワードで検索してみてビックリ。MRI検査室って電波暗室と同じかそれ以上の厳しいRFシールドが要求されるんですね。(オマケに磁気シールドも)
MRIの原理をちゃんと理解すれば当然のことと思えるのですが、盲点でした。
ノイズレスと言う意味では、電源装置部分を離して置くLED照明は好適ではないかと思います。
磁性素材を避ける必要が有るようなので、ノイズが無くても電源装置部分をMRI室に入れるのは難しいのではないでしょうか。
投稿: エンジニア | 2011年11月24日 (木) 18時18分