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2012年5月24日 (木)

天体改造WebカメラでIRカットフィルターなしの場合を考える

天体改造する時レンズと一緒に取り外したIR(赤外線)カットフィルターの代わりにIDAS LPS-P1フィルター(現行はP2)を使っているが、どうも思わしくない。カラーバランスやレタッチでは修正しきれない色合いの変化や、フィルター倍率2(ISO感度が1/2)程度の感度低下がある。メーカーは従来型では不可能だった連続スペクトル型の天体もOKだと言うが、やはりこの種のフィルターは輝線スペクトル(単色光)を主体とした天体向きであって、連続スペクトルの被写体ではどうしても前述のような影響が出てしまう。もしかすると現行P2は、私の使っているP1より改善されている可能性があるが、全く影響が無いとは思えないし、買い換えて試すには高価だ。

元々ついていたのと同じような特性のフィルター、例えばBaaderのUV-IRカットの様な特性でもっと安価なものを探しているが、見つかるまでの間フィルター無しで何とかならないかと考えた。色合いはレタッチなどで何とかごまかして我慢すると、長い波長の光に関する分散(屈折率の違い)の問題が残る。これは純粋に反射鏡だけで出来ているニュートン式などでは発生しない問題だ。

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画像センサーの分光特性とIRカットフィルター

シリコン製画像センサーは、特にフィルターなどを使わないと可視光の範囲(380~750nm)を越えて光を検知することができる。波長の短いUV(紫外線)側は350nm位が限界で眼とさほど違わないが、波長の長いIR(赤外線)側は1000nm(1μm)近辺までの広い範囲に反応するのでフィルターでカットしないと眼で見たのと同じ画像にならない。

代表的なIRカットフィルターは、650nm近辺よりも長い波長の光を遮断する、急峻な特性になっている。

Ir_cut

Source: http://www.olympus-ims.com/ja/microscope/dp72/

上の図(見辛いのはご容赦)で「IR Cut Filter」の曲線が610nm近辺で「R」の曲線と入れ替わっているので注意して欲しい。「R」チャネルの長波長側特性はIRカットフィルターで決まり、それによって眼の特性と合わせられているのである。上の図では切れてしまっているが、IRカットフィルターが無いことを想定すると700nmよりも長波長側の特性も重要だ。

下は原色カラー画像センサーの特性の一例である。補色の場合はCyan=Green + Blue、Yellow=Red + Green、およびMagenta=Red + Blueと考えれば良いはず。また「Green」のプロットに2種類あるのは、Blueと同じ列あるものとRedと同じ列にあるものを区別している。

Spectrum2

Source: http://www.cs.washington.edu/education/courses/cse467/08au/pdfs/lectures/07-cmos-ccd-imagers.pdf

この例では、実際にはIRカットフィルターで阻止される650nmよりも長波長側でGとBチャネルの感度が上昇し、約850nmよりも長い波長ではRGB全てのチャネルの感度が同じになっている。多少差はあるが、ほとんどの画像センサーはこのような傾向がある。その証拠に赤外線リモコンの発光部をデジタルカメラ越しに見ると赤紫がかった白色をしている。リモコンの発光部は輝度が高いので、IRブロックフィルターで阻止し切れなかった波長940nmの光が見えているのだ。デジタルカメラでは、GよりもRおよびBチャネルの明るさが少し低い状態が白く見えるように造られているので、RGB全て同じ明るさの光は少し赤紫(マゼンタ)がかった白色に表現される。

一般のカメラのように可視光だけを対象とした製品では650nmよりも長い波長の光はIRカットフィルターで実用上見えないよう阻止しているが、監視カメラなどでは850nm付近の感度を利用して、赤外線投光器と併用することで白黒だが夜間の実用性を確保している製品がある。この場合、可視光の範囲と850nm付近の光を通すような特殊なフィルターが用いられているらしい。上の図で850nm付近の感度は、可視光感度の基準になるGチャネルのピークに対して0.8程度と低くなっているが、このような監視カメラではもっと850nm付近の感度が高い画像センサーの方が有利である。

下の浜松ホトニクス(株)製Siフォトダイオードの分光特性に見られるよう、光半導体としてのシリコンそのものの850nmの感度は、可視光の中心よりも2倍近く高い(一番上のS1087-01などの曲線)。

Kspdb0119ea_s

Source: http://jp.hamamatsu.com/products/sensor-ssd/pd041/pd050/pd052/S1133-14/index_ja.html

Webカメラに使われる画像センサーはほとんどが1/4および1/3型だと思われ、小型監視カメラに使われるサイズと重なっている。そのため監視カメラ用途でも優位性があるよう850nm付近の感度を高めたセンサーがWebカメラにも使われている可能性があるだろう。可視光専用の製品ではIRカットフィルターに切られてしまうので、650nmより長い波長の特性はどうなっていてもあまり関係ないからだ。この場合、可視光より850nm付近の感度の方が高くても不思議ではない。

この場合の問題は、可視光に焦点を合わせると850nm付近の光では焦点が外れる、と言うこと。近赤外線を含む連続スペクトルの像は、焦点の合った可視光の像にボケた近赤外線の像が重なるはずだ。

 

近赤外線に焦点が合わない

銀塩しかなかった時代、風景写真を波長750nm近辺の近赤外線に感度のある赤外線フィルムで撮影するテクニックがあった。モノクロだが、非日常的な表現ができる。また昼間でも晴れていると空が夜のように黒く抜けるので、モノクロ映画の夜景シーンの撮影にも使われていたと聞く。
この場合、焦点合わせに注意が必要だった。波長750nmの近赤外線ではレンズの屈折率が小さくなり、焦点距離が伸びる。そのため、レンズの距離目盛を赤外マークに合わせなければならない。一眼レフなら一度ファインダーで焦点を合わせ、その距離を赤外マークに合わせ直すことになる。

Ir_distance_combo

上はSMC PENTAX-A 1:1.7 50mm、そして下はSMC PENTAX-M 1:4 200mmレンズで赤外マークに無限遠を合わせた状態である。この状態で可視光の焦点が合う距離から、レンズの公式;

Focus_formula_3

を使って波長750nmの近赤外線での焦点距離を計算すると、前者が約50.2 mm、後者は約201mmに伸びていることが判る。伸びはそれぞれ0.4%および0.5%である。レンズの構成によりこの量は様々だと思われるので、概ね0.1%台と想定するのが安全だろう。これなら波長が多少異なっても議論の行方は変わらないと言える。なお50mmのレンズではF5.6、200mmはF22まで絞ると可視光と近赤外線の焦点距離の違いが被写界深度に収まる。長焦点レンズでは実用的ではないが、短焦点レンズでは近赤外線領域まで含めパンフォーカス的に出来るので、先に触れた夜間は赤外像を写す監視カメラはこのような造りになっているのではないかと思う。ただし、天体望遠鏡に被写界深度と言う概念は無いし、全てが長焦点なので、この議論は当てはまらない。

Webカメラ改造の過程で、テストで地上の風景をIRカットフィルター無しで見たとき白く靄がかかったようになったのは、以上のことが原因だと考えている。それ以来、ファーストライトの金星を除きIDAS LPS-P1フィルターを併用してきたが、ファーストライトの時に白く滲んで見えたのは単に露出オーバーだったのではないか、と言う疑念が出てきた。それを確かめるため、可視光と近赤外線に対して感度が同じセンサーの場合について、どんなボケた像が見えるのかシミュレーションしてみた。

 

焦点から外れた点光源の像

正確に計算すると、こうなるらしい。

800pxsphericalaberrationdisk

Source: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Spherical-aberration-disk.jpg

一番上の段が負の球面収差のある場合、真ん中が球面収差の無い場合、一番下が正の球面収差のある場合で、中央の焦点の合った場合の列をはさんで、左が内側(レンズ側?)、右が外側に焦点を外した場合、だそうだ。

数式表現を探したが見つからず、導出するのは私の手に負えないので、幾何学的直感に従い均一な明るさの円盤になると近似した。レンズの口径をDとし、焦点距離f=fv+xの時、レンズからfvの距離に直径d=Dx/(fv+x)の均一な明るさの円盤像が出来るとした。

乱暴な近似だが、像の明るさのある程度広がりのある部分の平均を調べるのには使えると思う。厳密に判らないと答えは出せない、と言うよりはマシである。これを視覚化すると;

Ir_star

上の段は可視光と近赤外光で焦点距離が変わらない、純粋に反射鏡だけでできた望遠鏡のような場合。可視光像(シアン)も近赤外像(マゼンタ)もエアリーディスクを形成するが、波長の違いに応じた大きさになり、明るさはエアリーディスクの面積(直径の二乗)に反比例する。左の図は、見易いよう100x100μmの範囲を拡大している。なお条件は私の望遠鏡に合わせてD=65mm、f=500mm(F7.7)である(以下同様)。

下の段は、近赤外線波長の焦点距離が可視光の場合に対して0.1%伸びるとして計算したもの。0.1%に特に根拠は無いが、あまり荒唐無稽で無い範囲で、次のシミュレーションで判り易い結果が出そうな値を選んだ。近赤外像の大きさは前述の通りで、明るさは面積分した場合にエアリーディスクと同じになるよう計算した。左の図は計算通り色付けすると見分けられないので、計算よりも5倍色を濃く表示している。

上段が可視光と近赤外両方とも焦点が合っている場合、下段が近赤外光だけ焦点が0.1%外れている場合の二次元インパルス応答に相当し、これを用いて幾何学的に期待される完璧な像がどのようにボケて見えるのか計算した。また右下の断面プロファイルから、最近カメラレンズについて議論されることの多いMTFも計算してみた。

Mtf

近赤外の方は、断面プロファイルが矩形になるような乱暴な近似をしたのでMTFが|sin(x)/x|のカーブになってしまった。本当は可視光の曲線のように滑らかで、空間周波数30/mmあたりでほとんどゼロになる曲線ではないかと思われる。

 

シミュレーション

 

最大離角の金星を想定して、その時の見掛けの大きさ23.5”と焦点距離500mmから期待される半円形の像がどうボケるかシミュレーションを行った。もとになった半円形の像は次の通りである。

Ir_sharp_venus

黒い部分の外周の1辺が100μmになるよう、視野を合わせている。この像の上の全てのメッシュを中心とする、先に示したインパルス応答を足し合わせると、求めるボケた像が得られるはずだ。

Ir_venus

図に示した項目はインパルス応答の場合と同様だが、今回は左側の図で色付けを強調していない。

広がりのある像のある一点の明るさを考えると、その点の像がボケて広がっている場合でも、その点からボケの広がりの範囲内の他の点からの光が入ってくるため、明るさはあまり減少しない。ボケの大きさに比べて充分大きな像の内側では、ボケていない場合と明るさは変わらないはずだ。今回想定した焦点の差0.1%では、点像がボケてできる円盤の大きさより金星の像の直径がやや小さい。また円ではなくて半円であることも加わり、可視像の中の近赤外線の明るさが40%になったのだと考えられる。

可視像の周りに出来るはずの近赤外線の「後光」を見ると、ファーストライト時の画像はこれほど広がっていなかったように思える。

見直すと「滲み」は最大解像度720pでフルスクリーンにして、ようやく判る程度だ。また大気の分散のせいか、可視像より右側(地平線側)にずれている様である。前のシミュレーションの、焦点距離が変わっていない左上側の図に大気の分散が加わって近赤外像がずれただけのように見えるが、これは少しおかしい。

ファーストライト直前にテストで撮った動画2本も見てみよう。先ずテスト動画1;

そしてテスト動画2;

どうやら「ファーストライト」と称している動画は、露出オーバーで白飛びして、その周りにフレアが出ている、と考えたほうが正しそうだ。IRカットフィルターが無いとRチャネルの波長領域が広がった分、画像が赤っぽくなるのが正常だが、RGB全てのチャネルが飽和してしまって白く写ったのだろう、と言うこと。今思うと、なぜテストの時と露出を変えてしまったのだろうという疑問があるが、恐らく露出を変えてみて、この方が適正と誤った判断をした可能性が高い。

今回シミュレーションした850nm付近の成分のボケは、うしろ2つの動画を見る限り影響していない様である。これには2つの原因が考えられ:(1) 入射光量 x 感度が可視光に比べて小さい、および (2) 850nmの焦点距離の伸びが0.1%よりも大きい(0.3%以上?)、後者の影響が大きいのではないかと思われる。

焦点距離の伸びを0.3%にしたシミュレーション結果を以下に示す。

Ir_venus_point3pct

「後光」の全体を収めるため、左側の図の1辺は250μmにした。「後光」の部分の明るさは、可視像の最大の明るさの約5%である。これが動画に写っていないとなると、ちょっと困ったことだが、実際にそれが起こっている疑いがある。

私の使っているLogicool HD Pro Webcam C920は、全ての設定を手動で出来るようになっているが、最大ゲインが足りないようだ。

C920_control

Webカメラを完全な暗黒環境に置くと、この設定パネルをどういじってもセンサー自体のノイズが見えるようにはならない。つまり、ノイズぎりぎりの信号は捉えられない。あるいは最低の明るさの光が入射しているかもしれないと判断するセンサーの出力レベルの基準が、どこか内部で少し高めに設定されているのかもしれない。いずれにせよ、ノイズよりも充分大きな信号でないと完全な暗黒として取り扱われてしまっているようなのだ。個体差や温度変化へのマージンをとる目的もありそうで、もしかしたら私の分は個体差で一番感度の低い部類になっている可能性もあるかもしれない。

天文用途にはあまり向いているとは言えないが、Webカメラの場合このあたりの作りがどうなっているのか、公開されている仕様から判断するのは難しく、実際に購入して確かめるしかない。今回、少なくとも感度に関しては失敗したかなと思うが、これなら良かっただろうと確信の持てる機種がある訳ではないし、もしかしたら最近のWebカメラはどれもこんなものではないかとも思うので、もう暫くこのカメラでどこまで行けるかやってみようと思っている。

 

今回のまとめ

IRカットフィルターの話題だった。

フィルターを取ってしまったことで波長850nm付近の近赤外線が悪影響を与えるのではないかと心配したが、広い意味の色収差が充分大きくなるの、少なくとも金星程度の大きさの天体ならでほとんど影響が無いだろう、と言う結論になった。今は確かめられないが、木星でも大丈夫だろうと思われる。恐らく影響がわかるとしたら月と太陽だけだろう。

ただしIRカットフィルターが無いと、今回はごまかすことにしてしまった色合いはイマイチ不自然な感じにしかならない。これはIDAS LPS-P1をIRカットフィルター代わりにしても同じだが、不自然さのベクトルはかなり異なる。と言うことで、そう遠く無い将来装着する方向で考えている。水素のバルマーαに特別なこだわりは無いから、一般的なデジタルカメラ用のフィルターでかまわない。

余談の感度の件だが、この時期の火星は確認済み、OKだ。恒星は4等星まで確認済みで、それよりも暗い星は試していない。土星は何回かf≒1400mm/F21.5にアイピース拡大した状態で試したが、未だ捉えていない。同じ条件でデジタル一眼ならOKだったので、カメラ感度の問題である。どうもこのあたりに限界があるらしい。見えたらいいなと思っていた対象だけに、残念だ。直焦点F7.7なら写るのではないかと思うので、試してみようと思っているが、こんな場合に限って待ち構えている夜は晴れないものだ。

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