光当たる人工光合成
気になったニュース。1月6日朝日新聞朝刊科学欄。
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内容は「この分野で日本は世界をリードしている」と言うもの。最近良く見かける「日本の技術はスゴイ!」シリーズの一環だ。この種のマスコミ報道に共通する不満な点だが、「日本の技術が世界をリードしている」と言っているのに国内のことばかり書いていて、世界の状況を俯瞰した上での位置づけが分るような書き方になっていない。唯一それに近いのが、光合成に欠かせない酵素の構造を解析した業績がAAAS (The American Association for the Advancement of Science) の学会誌Scienceに2011年のBreakthrough of the Year最終候補に残ったことに触れている点だけである。しかも『「10大ブレークスルー(躍進)」の一つに選ばれた』と贔屓目に脚色したのはどうかと思う。Winnerと同列に扱ってるとも受け取れるのはマズイ。
ちなみに例の「はやぶさ」も同じ残念賞の仲間だ。どちらも今回調べて分った。この新聞記事のおかげである。
なぜ人工光合成に日が当たるのだろう
「人工光合成による太陽光エネルギーの物質変換:実用化に向けての異分野融合」と言う長い名前の新学術領域研究が文科省の科学研究費補助金の交付対象に採択されたかららしい。
人工光合成の良さそうなところ
「物質変換」と言っているのは、このグラフィック (朝日新聞へリンク) を見ると
どうやら最終生成物としてエタノールを作ることを一つの目標としているらしいことが分る。
これだと今ガソリンで走っている自動車がそのまま、あるいは若干の手直しをするだけで利用できる可能性がある。使っている部品の材質に腐食のおそれがあるとダメだが、大多数は大丈夫なのではないだろうか。そう考えると「21世紀中に、二酸化炭素の排出を心配しなくていいエネルギー供給ができればいい」は気が長すぎるのではないか。21世紀後半にかかるようなら、これはFCVの動向次第だが、エタノールよりも水素の方が良い場合が出てくるだろう。
気懸かりな点
1haの面積で年間ドラム缶30本分のエタノールを生産とある。この面積は受光面、つまりリアクターの大きさそのもののはずだ。
最近多くのガソリンスタンドが月間少なくとも100kL、つまりドラム缶500本分のガソリンを売っていると思う。これは年間だと6,000本だ。これと同じ量のエタノールを人工光合成で作ろうとすると200haのリアクターが必要である。200haは2平方キロメートル、約1.4km四方で、これは中くらいの製油所のタンクヤードなども含めた面積に匹敵する。リアクター1基が小学校のプールくらいの大きさ (25m x 15m) だとすると5,333基のリアクターが必要で、これらを水や二酸化炭素の配管で結ぶ。プラント管理者にはちょっとした悪夢だ。
ガソリンスタンド1ヶ所分のエタノール生産に製油所1ヶ所分の面積が必要、これは現実的だろうか。
人工光合成は二酸化炭素排出削減に特に有効?
前掲グラフィックを見ると火力発電所からの二酸化炭素排出が減る。その上、できたエタノールで自動車が走る。これは一石二鳥だと思うかもしれないが、残念ながらそれは間違い。
自動車をエタノールで走らせると二酸化炭素が発生する。それは原料の量、つまり火力発電所からの二酸化炭素排出の減少量とピッタリ同じである。つまり人工光合成があってもなくても排出される二酸化炭素の量は変わらない。違うのはたエタノールを造って自動車を走らせられるかどうか。これが正味の違いである。
人工光合成が無ければ自動車はガソリンか軽油、つまり化石燃料で走らざるを得ないのであれば、この分の二酸化炭素排出が減らせる。これは太陽光発電で造った電気で自動車を走らせても同じ。風力発電や原子力発電で造った電気でもよい。ただしこれは二酸化炭素排出削減と言う事に限った場合の話だ。二酸化炭素排出の削減量は化石燃料消費の削減量である。
なお人工光合成の生成物を使わないオプションもある。廃棄物として、例えば地層処分するような方法だ。地球温暖化が危機的状況になったらこのような手段に頼らざるを得ない場合もあるだろう。あまり考えたくないシナリオである。
エネルギー変換効率0.2%は「非常に高い」?
新聞記事の最初の節の終わり近くに「光合成はエネルギーを作る効率が非常に高く、汚染物質も出ないクリーンな反応だ」と書かれている。そうかもしれない。
その一方で、記事最後の節に以下のような記述がある。
豊田中央研究所(愛知県長久手市)は (中略) 太陽光のエネルギーを有機物に換えるエネルギーの変換効率は0・14%で、植物の約7割に達する。
パナソニックも、太陽光を使ってギ酸を作る技術開発を進め、12年に世界最高水準の0・2%を達成した。
なるほど、パナソニックはギ酸であれば植物と同じエネルギー効率0.2%を達成していて、それはエネルギーを作る効率が非常に高い。この数字は何を基準にしているか良くわからないので単純に比較できないが、太陽電池のエネルギー変換効率が10%台であることを考えると、かなり違和感のある記述だ。
太陽電池にかなり不利と思われる前提を置いて、1haで年間エタノールをドラム缶30本分生産できることを基準に比べてみた。
基礎データ (理科年表2006版より)
- エタノールの比重: 0.7893
- エタノールの燃焼エンタルピー: 1367.6 [kJ/mol] = 1367.6 [MJ/kg-mol]
- 東京の日照時間: 1847.2 [h/年] (平年値)
前提 (仮定値など)
- エタノールの分子量: 46
- 平均日照エネルギー密度: 200 [W/平方メートル] = 2,000 [kW/ha] (仮定)
- 太陽電池の変換効率: 10 [%] (仮定)
計算
- エタノールドラム缶30本分の燃焼熱: 0.7893×200×30×1367.6÷46 = 140,797 [MJ]
- kWhに換算: 140,797 [MJ] ÷ 3.6 [MJ/kWh] = 39,110 [kWh]
- 太陽電池の年間発電量: 2000×0.1×1847.2 = 369,440 [kWh]
この通りに比較できるとすると、エネルギー変換効率が11%以上で二酸化炭素と水から電解合成でエタノールを生成できるなら、メガソーラーで発電した電気を使ってそうした方が収率的に有利である。人工光合成用の触媒は電解合成に流用できる場合がかなりありそうだから今やっている研究は無駄ではない。
今考えると太陽光発電で電気自動車を充電して走らせるのがエネルギー効率は一番良さそうだが、今後の環境変化を考えるとある程度基礎技術の多様性を保つのも重要である。
今回のまとめ
誰もFeasibility studyをしていないのだろうか。
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